金継ぎ

金継ぎ Kintsugi 佐賀県有田町泉山 庵久 金継ぎとは破損した陶磁器やガラス・漆器などを修復し復元する技術で、ひび割れた部分などの水漏れとニュウ(ヒビ)の進行を防ぎ、破片が無く欠けた部分を穴埋めしたり、さらに修復された部分を美術的な観点より金粉(消粉)を蒔くことを言います。
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金継ぎ Kintsugi

◇金継ぎ Kintsugi

 本来、金継ぎとは破損した陶磁器やガラス・漆器などや焼き損じた陶磁器類を修復し復元するため、またはひび割れた部分などの水漏れと進行を防ぎ、破片が無く欠けた部分等を埋めたり、さらに修復された部分を美術的な観点より金銀の粉を蒔き結合部分を隠しより以上の価値観を加えることを言います。
昔は金具の鎹で止めることから始まり、日本では古くから漆による工芸が発達していました。ヨーロッパでは「Japan」と漆の代名詞になるほどで、その手法を取り入れ接着やコーティングし金を蒔くという風に発展したのだと思います。
金を蒔かずに着色料で疑似塗装を行うことを金継ぎと判別して共修理・共修復と言われていました。
また、金は体に無害とされ古くより他の金属と区別し、食事や喫茶など口にする器などに多く使われているようです。
 この様な金継ぎした器を喜んで使う日本人特有の文化と言えるようで、世界の人々は金継ぎは日本発祥と称し来日した折には金継ぎを勉強されるようです。または「KINTSGI]という代名詞が生まれたのもここ十数年来のことで以前は「金繕い」とか「金修理」と言っていました。世界の方が発音しやすいように「KINTSUGI」と広まったのではないでしょうか。

ウィキペディアより 

金継ぎ(きんつぎ)は、割れや欠け、ヒビなどの陶磁器の破損部分を漆によって接着し、金などの金属粉で装飾して仕上げる修復技法である。金繕い(きんつくろい)とも言う。

歴史
破損部を漆で修復した痕跡は縄文土器にもみられる。室町時代以降、蒔絵など漆を使う工芸技術と、修理した器もありのまま受け入れる茶道精神の普及により、金継ぎに芸術的な価値が見いだされるようになった。本阿弥光悦作の赤楽茶碗(銘「雪峰」)のように、文化財に指定されたり、骨董として珍重されたりする金継ぎ陶磁器もある。現代においても、愛用の器を修理して長く使い続けたり、金継ぎの過程や跡をアートとして楽しんだりするために、金継ぎの請負業者や教室が存在している。

金継ぎ種類としては下図のように、
・「共継ぎ」割れて離れた破片どうしをつなげる
・「呼継ぎ」似た別々の破片をつなげ形を作る。
・「ヒキ止め」ひび割れた部分をつなげ、それ以上のひび割れ進行を止める。
・「穴埋め」破片が無いところ、焼き切れで隙間が出来たりしたところなどを埋める。
・「メカケの金直し」使っているときに口縁部が欠けたところを埋めて金直しする。

また、金継を行う技術者を分類する。
まず漆器職人が仕事の合間に陶器商や旅館などの依頼で割れた食器などを行ったようです。昔、漆器商人が職人と同行し旅館などに泊まり込みで営業に出向き漆器商品を買ってもらう代わりに陶磁器などの割れた食器などを金継していたと言い伝えがあります。
古美術商が発掘品や陶片などを元の原型に復元し商品にするというやり方もあるようで、呼継ぎなどは陶片が有り割れた部分の破片が無いのでよく似た陶片を用いて元の原型に復元するのを言います。今でこそ古窯跡より陶片を採取するのは行けないことですが一昔前までは公認されていたため陶片だけが出回っているようです。
陶芸家が自作の作品、窯の中で焼き損じて焼き上がったものなど処分するには惜しいものなどは金継して一つの作品にするという、またそれをお客が一層喜び買い求めるケースが多く一つの分野になりかねないようです。
昔より割れたものでもそのものの希少価値の問題でよく金継され大事にされるという日本独特の文化であるようです